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「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「沈着>修羅」

2019年3月1日

■世界の情勢から
テレビや新聞で世界のニュースを見て感じるのは、トランプ大統領が言うまでもなく、どこの国も自国ファーストであることです。また、それは古今東西変わることはなく、現在でも当然のことです。大航海時代の頃から、人々の移動、交流手段が、さらにはデジタル通信手段も発達するにつれ、ますますグローバル化は進展し、自国が先頭に立つことを目指して争ってきたのです。古くはポルトガル、スペイン、オランダから、イギリス、アメリカと覇権国の変遷を経ながら、今もまさに覇権争いの真っ只中にあります。アメリカ、中国、ロシアなどの大国の動向とともに、それらの周辺も含め、少しでも自国が優位になるべく、駆け引きが行なわれているなと思うと、私たちの生きる世界は、その縮図なのだとつくづく感じるようになりました。

■修羅の挑発
仏教に六道(天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)という考え方があります。この世での行ないに応じて行けるあの世のことで、一番いいのは天上、二番目は人間です。最悪は地獄で、その間は似たり寄ったりだと思います。先ほどの世界の覇権争いも私たちの世界での権力闘争を六道で表してみると、修羅と餓鬼、そして畜生と地獄ではないかと。つまり、天でも人でもない世界の話しと見ることができます。どこどこ経済戦争もそうですし、お近くの国もそうですが、こちらは修羅たちです。ケンカを売ってきます。このパターンでは、売られたケンカ、挑発に乗ってしまうと負けです。国や会社のように、人でない限り再生は可能でしょうが、最悪の場合は、滅亡です。関ヶ原も戊辰戦争も、その発端は修羅たちの挑発に乗ってしまったことでした。

■沈着冷静
修羅たちは、ダメージを与えたい相手を敵とし、あるようなないことを、真実のように言葉巧みに大衆を扇動します。そして敵を作り出して挑発し、飛んで火にいる何とかのような状態を作り出し、それを口実に攻撃を進めていくのです。こういう手法の構図はシンプルなものですが、その周辺を上手く覆っているので、一見しただけでは普通は分からないようです。特に政治家によくあるパターンで、最も有名なのはヒットラーです。現代の世界でも日本でもこういうのは存在しています。歴史が証明しているのは、こういう政治家が治める国は、必ず衰退することです。こういう修羅の挑発を防止するには、「沈着」(取り乱したりせずに物事に動じない態度)、かつ、「冷静」(感情的にならずに理性的で落ち着いた態度)な自分を保つことしかありません。

■素直な心になるために
とはいえ、沈着冷静な自分を保つにはどうすればいいのでしょうか。特に政治家が動じて感情的になり、修羅の挑発に乗ってしまい、戦争になってしまうと、それは「政治の失敗」になります。政治家はじめ、組織の長には必要な要素ですが、松下幸之助さんは「素直になりなさい」と教えています。『素直な心になるために』という本まで書かれています。まず、素直な心とは、何でも人の言いなりになることではなく、自惚れず、ひねくれず、素直に受け入れることです。我慢するのではなく、私心にとらわれず受け入れるということです。実はこれがとても難しいです。永遠の自分との闘いといってもいいでしょう。翁の言う、素直の心の効用、ない場合の弊害、養うための実践をひとつずつご紹介します。

■【効用例】禍を転じて福となす
いま仮に世の中が不況でお客さんが減ってしまったうどん屋さんがあったとします。いわば商売上の危機を迎えたわけです。しかし、ここの大将に素直な心が働いていたならば、お客が少なくなったからといって、少しもあわてないだろうと思います。というのは、“この不況は自分の力を存分にふるうチャンスだ。自分の本当の勉強ができるときだ”というように考えるのではないか思うからです。したがってそのうどん屋さんは、従来の自分の商売のやり方とか考え方を、私心なく、客観的にみつめ、考え直すと思います。今までのやり方を徹底的に反省してみるわけです。かえってお客が増えて繁盛してきた、というような姿を生み出すこともできるようになるわけです。

■【弊害例】生産性が低下する
調和する心が十分にあれば、たとえ多少考え方のちがいなどがあったとしても、それをことさらに問題として互いに非難したり争ったりするようなことはさけて、ちがいはちがいとみとめつつ、和やかに物事を進めていくといった姿にもなるでしょう。したがって、衆知もあつまり、また、ムダも少なく非能率な姿も少なくなると思います。ところが、反対に、調和する心がうすければ、ちょっとしたちがいであっても、それをことさら問題にして、いろいろなトラブルがおこることにもなるでしょう。素直な心がない場合には、ムダな時間や費用が多くかかり、またいらざることに心を労し、頭をつかうなどして、生産性が非常に低下するのではないかと思うのです。

■【実践例】つよく願う
やはり何事においても、よりよきものを生み出そうとか、事をなそうといった場合には、そこにそれなりの志というものをしっかりもって、つよく願い、のぞむことが必要だと思います。つよい願いを心にもったならば、それは実際に自分の態度や行動となってあらわれてくると思います。いいかえれば、その願いを実現するために身も心もそれに打ち込むようになってくると思うのです。もちろん、一度だけつよく願ったから、あとはひとりでに素直な心に近づいていく、というわけではないと思います。やはりつねにというか、たえずというか忘れることなくその願いをもちつづけてゆくことが必要だと思います。素直な心を持ち続けられるようになりたいものです。