「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「本質 > 表現」

2021年9月1日

■ネット社会の変化
ネット社会がどんどん進化しています。それを裏付けるように、2000年には約5370万部だった新聞の発行部数は、2020年には約3500部となり、20年ほどで三分の一も減少しています。1世帯当たりの新聞購読部数は2020年には1世帯当たり部数が0.61となった模様です。テレビも同じように視聴する人が減っているようです。一方、ネットでは動画サイトの伸びが著しく、コマーシャルも大手企業のものが増えているそうです。スマホやタブレットの普及がこの傾向を後押ししているとみられます。一足早く普及した携帯電話もコンピューター付のスマホに代替わりしましたが、その時間にその場所に居ないとできないものは多忙な現代人には求められなくなったのでしょう。

■表現の自由
このような生活様式の変化とともに、資本面で優位ではなくとも、誰でも自由に発信ができるようになりました。もちろん、我が国では憲法で集会・結社の自由や言論・出版の自由などの表現の自由の内容が保障されているのですが、自由は公共性や責任とセットで得られるものですから、時々逸脱する人が出ているようです。最近の例としては、有名とされるユーチューバーが生活保護に関する私見を述べて炎上したものがあります。そもそも生活保護制度は国民全体の安全性を確保するためのものなので、制度の趣旨を理解していなかったようですが、インフルエンサーと言われる影響度の高い人なので騒ぎになったようです。やはり制度は適切な運用が求められます。

■プロパガンダ
先ほどのユーチューバーにはその意図はなかったと推察しますが、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った発言も多々あります。もちろん、表現は自由にしていいわけですが、対立する勢力を追い詰めるために、政治家やマスコミなどの権力者が発しているものです。某野党議員は自らのブログで元官僚のありもしない疑惑を推論で発信してしまい、名誉棄損訴訟で敗訴していました。これとは別に、国会での発言は罪に問われないとのことで、意図的にテレビ中継のある時にプラカードなどを用いて世論を印象操作する事例もありました。新聞やテレビでは報じないことなので、ネットの情報も得ておかなければプロパガンダに引っかかってしまう恐れがあります。

■さざ波発言
今年の五月頃、当時内閣官房参与であった高橋洋一氏が、我が国のコロナ感染状況について、数値を用いて比較したうえで、他国と比べるとさざ波のようだと表現したことに対して、オリンピック反対を主張する野党から攻撃を受けました。感染状況を述べたコメントだったのですが、野党議員の一部や某大学教授などは、命をないがしろにするのかと反論していました。これにはとても違和感がありました。つまり、高橋氏の発信した内容には反論せず、言い方を批判するだけだからです。それだけではなく、事を荒立てて高橋氏が参与を辞任しないと国会に出ないとサボタージュする始末です。政治家もかなり劣化しています。少なくとも客観的な見解を持ちたいものです。

■平井大臣の発言
さらに翌月、平井デジタル改革担当大臣の「脅し」発言が話題となりました。これは、幹部らにオリパラアプリの事業費削減をめぐり請負先のNECに対して行った発言が流出したものです。内部会議の録音が出るのは、出席者がマスコミにリークしたからです。それはNEC寄りの幹部が大臣を陥れるためにしたものなのか、逆に大臣寄りの幹部がわざとリークしたものなのかは不明です。我が国のITが遅れているのは、大手IT企業が官のシステムを牛耳っているからだと言われていますので、既得権益を失うかもしれないデジタル庁構想を邪魔する意図があったと考えるのが妥当かもしれません。高橋氏ケースと共通するのは、中身の議論ではなく言い方を問題にしていることです。

■情報リテラシー
政治家にしても、新聞やテレビなどマスコミにしても、とにかく自分に都合がよくなるように情報を発信するものです。一方、表現しない自由なるものも持っているようで、熱海土石流や横浜市長選などはほぼ沈黙しており、ネット情報を自ら求めていかないと必要な情報は得られません。地域や会社など、身近なところも同様です。このような狭い世界でさえ、誤った情報に惑わされることは結構あります。得た情報が間違っていると明らかになった後でも長期にわたり悪影響を及ぼすこともあり注意が必要です。自分個人としての情報の収集や解釈の能力など情報リテラシーを上げていかないと間違った意思決定をする恐れが高まってしまうと危惧しております。

■ずっと成長できる人
改めて考えてみますと、手法が変わっただけで、情報が大事なのは古今東西変わることはないようです。戦国時代、信長公が武功をあげた家臣より、貴重な情報をもたらした家臣に多くの褒美を与えたとの逸話もありますが、いつの時代もデマやプロパガンダに苦しめられてきたのです。ネット時代になって、政治家やマスコミに踊らされる向きもありますが、逆に自分から情報を得に行く術も増えていますし、発信もできるようになりました。より大切になるのは、言い方などの表現に惑わされることなく、その本質を見抜くことです。洞察というものでしょうか。ずっと成長できる人になるには、時代に合った情報処理能力向上への努力は欠かすことができないと思います。