「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「未萌 > 成事」

2016年2月1日

■一喜一憂
二千年前の中国の軍事書『戦国策』には、様々な生き残り策が語られています。そのなかに、「愚者は成事に闇(くら)く、智者は未萌(みほう)に見る」という言葉があります。愚者は、ものごとが形になって現れてきていてもまだそれに気づかないのに対し、智者は、未萌、「未だ萌(きざ)さず」、ものごとが形になって現れてくる前の段階であらかじめその動きを察知して適切な対策を講じるという意味です。現代日本には戦争はないものの、未萌に備えるべきことは人生や仕事を戦いの場面においてたくさんあります。と分かっていても、我々愚者は目に見えるものさえ正しく判断できずに一喜一憂してしまうので、智者の役割は大変重要だと感じます。

■智者は何人いるのか
我が国での「頭がいい人」の定義は、学歴つまり成人する前の暗記力の高さですが、智者すなわち知恵者とはちょっと違います。学歴や知識の多さは必要条件とはなりますが、十分条件は「世のため、人のために何ができるか」ということです。例えば、キャリア志向という名の自己啓発大好き人の多くは、自分もしくは自分の身内のためだけにキャリアをつけることを考えています。一方、ノーベル賞の大村先生や山中教授がノーベル賞を取るために勉強や研究をしたわけではなく、世のため人のために役立つために薬や細胞を発見しました。そんな智者は身近にはそうそういません。そして、私たちの周りには、智者はとても少ないのではないかと思い、調べてみることにしました。

■幕末と現在の比較
幕末から明治にかけ、人口は約3千万人で、そのうち武士階級は約7%、就業者は約1.9千万人(約63%)でした。約150年後の現在は、人口約12.8千万人で、そのうち公務員は2.8%、就業者は6.3千万人(約63%)です。就業者も、いわゆる”お上”は実質的な公務員も入れるとほぼ同じ程度のようなので、感覚としては今と同じだったかもしれません。もちろんお上が智者で就業者が愚者ではないので、この統計からではなく、2割の商品が8割の利益を稼ぐというパレートの法則を使い、智者の数を2割程度と仮定してみると、幕末で600万人、今で2,500万人ということでしょうか。問題はその人たちがどこに配置されているかです。

■政治家
残りの8割の人がすべて愚者ではありません。未萌に気づくのが2割の智者だとすると、智者に導かれてから気づく人が6割くらいでしょうか。そして成事にも気づかない人が愚者でのこりの2割くらいになるのでしょう。そう考えると、全体の8割に影響する智者の役割はとても重要です。国や地方の経営者たる政治家は智者でいてもらわなくては困ります。ここ20年くらいはとても迷走しました。迷走の根源はタレントに救われた元大物です。これに擦り寄って経済政策なしのバラマキと前任者の揚げ足取りで政権についたものの三年で瓦解した政党もありました。政治家が私利私欲に走るとこうなるのだという悪事例を経験してしまうと、政治家を選ぶ私たちの責任の重さを実感してしまいます。

■科学技術、防災対策、歴史文化
未萌を見られない政治家に翻弄されるのが、生産性を持たない分野です。特に景気が悪くなると、残業代を払わなかったり、研修をやめてしまったり、光熱費・文房具・振込手数料などの些事に異常なこだわりを見せる経営者と同じようなことを、公的な科学技術、防災対策、歴史文化などに適用しようとする政治家が人民のお上嫌いの感情を揺さぶり多数派となることが時々あります。これはどうやら歴史上の必然で、しばらくすると見直しされるので、様子見するしかありません。今になって明治政府が破壊したお城や寺社を再建している光景からも明らかなことです。不特定多数の人民に安全・安心・安定を継続して提供するのが政治家であることを自覚して欲しいと思います。

■未萌を見るには
企業経営者の役割も重要です。会社の社長が未萌を見られない人だとその会社は衰退するしかないでしょう。よく倒産の記事で時代の変化に対応できなかったというのがありますが、まさに象徴的です。とはいえ、未萌を見る必要性はわかっても、実際に見て、さらに実践するのは難しいことです。そこで大切なのが温故知新です。自分で経験したことだけではなく、時空を超えて他人が経験したことを自分のものにするスキルがある方が、より上手く過ごせることは明白です。現代風に解釈すると、土地や建物、クルマやブランド品、学歴やキャリア、目先の売上や利益など目に見えるものより、萌し(きざし)という目には見えないものの方が重要だと、二千年も前の優れた人は気づいていたのです。