■ ビジネス現場に潜む「データ軽視」という致命的欠陥
しかし、この構造変化を「政治の世界の話」と高みの見物をしてはいられません。私たちの身近なビジネス現場においても、データとエビデンスを完全に無視した感覚的・情緒的判断を下すという、致命的な欠陥が散見されるからです。「俺の若い頃はこのやり方で売れた」「昔からの勘がこう言っている」といった、過去の成功体験に縛られた経営リスクは、政治家の失脚と構造的に何も変わりません。AIに象徴されるように、今は産業革命並みの大きな変革期にあります。ロジカルシンキングやDXがこれほど叫ばれている現代において、未だに多くの組織が「客観的事実」ではなく「主観的感情」によって重要な意思決定を行っているという現実は、極めて深刻な問題であると言わざるを得ません。
■ なぜ人は「不都合な真実」から目を背けるのか
人間は本能的に、膨大なデータを分析しリスクを精査するような「脳に負荷がかかる作業」を嫌います。これがいわゆる「認知の省エネ」の罠です。その結果、直感的に処理できる「なんとなく良さそう」という情緒的判断や、「あの人が言うなら間違いない」といった好き嫌いのフィルターに逃げてしまいます。さらに厄介なのは、個人の「好き嫌い」という感情を、いつの間にか「組織として正しいかどうか」の論理にすり替えてしまう点です。組織のトップがこのようなタイプだと、その組織全体の活力が棄損してしまうでしょう。感情が事実を歪め、目の前にある客観的なデータ(不都合な真実)を脳が拒絶してしまうことこそが、組織の意思決定を大きく狂わせる最大の元凶と言っても過言ではありません。
■ 感覚と好き嫌いで判断した組織の「悲惨な末路」
では、法と証拠を無視し、勘と経験だけで走り続けた組織にはどのような未来が待っているのでしょうか。それは確実な「組織の崩壊」です。市場のニーズ変化を示すデータが出ているにもかかわらず、経験則にしがみついた企業は「ゆでガエル」となり、市場から淘汰されます。隆盛を極めた企業が、アッという間に衰退する事例は古今東西なくなることがありません。また、「データを出して説明しても、上司の気分や好き嫌いで覆る」ような職場からは、ロジカルで優秀な人材から順番に流出していきます。残るのは顔色を伺うイエスマンだけです。さらに、過去の「これくらい大丈夫」という甘い経験則は、現代の厳格なコンプライアンスの網に引っかかり、企業ブランドを一瞬で失墜させます。このような事例は過去にも散見されています。
■ エンジンとしての熱意、羅針盤としてのエビデンス
もちろん、ビジネスにおいて「感覚」や「情熱」が不要だと言っているわけではありません。むしろ、AI時代には必要なスキルになるかもしれません。新しい事業を立ち上げる熱意や顧客を惹きつけるストーリーは、組織を突き動かす強力な「エンジン(原動力)」になります。しかし、企業が進むべき方向や回避すべきリスクを決定する「ハンドル(羅針盤)」は、どこまでも冷徹な「ファクト(事実・データ)」でなければなりません。エンジンだけで走る車が必ず暴走して自滅するように、客観的な事実に基づかない経営は遅かれ早かれコントロールを失います。リーダーに求められるのは、情熱を燃やしながらも自らの直感を常にデータで疑う冷徹さです。そして、それを徹底できるかどうかで成否を分けることになります。
■ 「ファクトベースの組織」へのアップデート
時代の潮目は完全に変わりました。「過剰の時代」から「不足の時代」へと突入し、一つの意思決定のミスが企業の死活問題に直結する今、感覚に頼った経営は最大の規律違反です。会議での発言が個人の「感想」なのか「事実」なのかを明確に分け、すべての判断基準を「エビデンスベース」へとアップデートしなければなりません。現在は、この過渡期にあるのでしょう。もうしばらくは時間がかかりそうですが、古い成功体験という殻を破り、客観的な事実とルールに立脚した強靭な組織体制を築けた企業だけが、これからの不確実な時代を勝ち残ることができることは間違いありません。変化の激しい時代だからこそ、感覚ではなくファクトに基づいて意思決定できる組織が、最後まで選ばれる企業になるのではないかと私は考えています。


