「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「曖昧 > 明確」

2021年8月2日

■曖昧さを楽しむ余裕がある人
経営課題として常に上位にあげられるものの一つとして人材育成があります。人材育成に成功して業績の良い会社を作る秘訣を誰もが知りたいことではないかと思います。例えば、世界を代表するGoogle社が求めるのは、「グーグルで成功する人材」で、これは「1.愉快なことを楽しむ人、2.ある程度の謙虚さを備えている人、3.きわめて誠実である人、4.曖昧さを楽しむ余裕がある人、5.人生で勇気のいる、または興味深い道を進んできたという証拠を手にしている人」だとされています。今回は、この中から「曖昧さを楽しむ余裕がある人」を取り上げ、曖昧さより明確なものを多くの人々が好んでいるにもかかわらず、曖昧さを楽しむとは何なのかを掘り下げてみようと思います。

■曖昧さ耐性
心理学の世界には、曖昧さに耐えられるかどうかの差、つまり曖昧さに対する捉え方の個人差を「曖昧さ耐性」という概念で表すそうです。「曖昧さ耐性が低い」というのは、物事の白黒を明確にしたいタイプだといえます。一方、「曖昧さ耐性が高い」というのは、物事のグレーゾーンや不明確なことをよしとできるタイプといえます。日常においては様々な場面があるわけですから、この耐性の高低とは、その人の傾向を示すものということでしょう。とはいえ、実際には明確になっていないことや不確実なことの方が多く、それは完全になくなるということはありませんので、結局のところ、それらと上手に付き合っていけるかどうかが大切になるということだと思います。

■曖昧さ耐性が無い人
専門家の研究によりますと、おおよそ一貫して曖昧さ耐性の低い人は精神的健康度も低いという結果が得られているそうです。その中でも極端に低く、曖昧さ耐性が無い人もいるようでして、対人関係にも悪影響が及ぶ傾向が高いようです。他人に対して自分の信じ込んでいるものへの同意を求めてしまうため、他人から敬遠さられることが多いのです。笑い話のようですが、大人になっても漢字の書き順を指摘する癖があって、相手が子供ならいざ知らず会社の上司にも言ってしまう人がその一例らしいです。そもそも書き順を定めた法律などないのですから、自分が書きやすければいいことなのにもかかわらず、些細なことでも曖昧にすることが許されないのでしょう。

■曖昧さ耐性の低い人
そこまでは極端ではないとしても、他人から見るとたいしたことのないにも関わらず、ちょっとした曖昧さを許されない人は多いものです。現実的には曖昧なことが多いわけですから、「〜すべき」「〜しなくてはダメだ」みたいな考え方が、思い通りに受け容れられるケースはそんなに多くないかもしれません。そうなると、好き嫌いがはっきりしていて柔軟性にかける、極端な言動で相手を傷つける、人間関係が短期的になりやすいなどと評価されることになります。こうになると、自らもストレスが高まることになるため、曖昧さ耐性の低さは,精神的不健康に繋がりやすい傾向があることは、専門家の研究でハッキリしているようです。

■曖昧さ耐性の高い人
一方、曖昧さ耐性の高い人とは、状況に応じてうまく割り切って次に対処すべきことに移せるという特徴があるそうで、それにより精神的健康度も高いということです。曖昧なことやどうしようもないことについては、それはそれとして受け入れながら、いま具体的に出来ることに焦点を当てて取り組んでいくといったところでしょうか。まずは、曖昧模糊なことを躍起になって排除しようとしたり、ないものとして無視したりするのではなく、スッキリしないけどそのままで過度に気にせず、共存して対処できるようになることが必要です。このように、対象を冷静に観察できれば判断を客観的にできることにつながりそうです。その分ストレスも溜まらなくなるのです。

■曖昧さ耐性を高めるには
曖昧さ耐性が低い人は、物事を0か100か、白か黒か、明確にさせたい心理があります。これが白黒思考です。「好きか嫌いか」「勝つか負けるか」「絶対に」「全て」など、極端な考えや言い方が多い場合は要注意です。でもこれって人間らしいことです。克服すべきとは分かりますが、なかなか難しいように思います。でも年齢やポジションが上がるたびに必要なスキルなのかもしれません。何といっても人間関係がすべてですから、ある程度の曖昧さを作ることで相手の逃げ道を作ることも時には必要です。学校で習うことではないのですが、曖昧さ耐性が高い人ならどう考えるだろうと思うようにトレーニングしていけば身に付くかもしれません。

■ずっと成長できる人
グーグル社では、事業がどう進展するかは分からないため、グーグルの舵取りをするには社内で多くの曖昧さと向き合わなければならないとの理由からで曖昧さを楽しむ余裕がある人を求めているそうです。とはいえ、どんな場面でも曖昧でいいわけではありません。特に現在のように疫病による危機の状況では、より明確なものが求められることもあるでしょう。そんな中でも曖昧さが必要な場合も混在することでしょう。「徳は中庸」という言葉があるように、この考察においても、自分を取り巻く環境に応じて曖昧さと明確さを使い分けていく柔軟性が求められます。自分で自分をコントロールするのは至難の業ですが、曖昧さ耐性を高めて参りたいと思いました。