「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「できた人>できる人」

2016年10月1日

■キャリアアップとは
圧倒的に大多数のビジネスパーソンが考えるキャリアアップとは、「資格をとる」とか、「技術や技能を身につける」とか、「知識や情報を得る」とか、「自分の好きな仕事をやる」とか、「年収の高い仕事につく」とか、「出世できる仕事につく」とか、などだと思います。いずれも、キャリアアップの目的は、”自分のために”であることは共通しています。誰もが通る道ではないかと思いますが、たとえば、社会に出た時から、若手と言われる30歳台くらいまでは、一定の知識や技術を持つこととエネルギーの強さだけを求められ、”自分のためだけ”でも許されているのかもしれません。ただ、次の4~50歳台にかけても、”自分のためだけ”にとどまると、将来に禍根を残してしまう場合があると思われます。

■目には見えない壁たち
あるコンサルタントいわく、そもそも、30歳台くらいまでは、会社も真に重要な仕事を与えることは少ないので、このステージで自分は仕事ができると錯覚すると、真価が問われてくる4~50歳台のステージへの脱皮が難しくなるということです。これは、「自分が作業をすることが前提」の段階から、「部下をマネージメントしていく役割」が求められてきますので、例えば30歳半ばまでに課長になれたとしても、しばらくは自分が仕事して成績も一定程度は伸びますが、その先には目に見えない壁が幾つもの段階で立ちはだかるものです。キャリアアップに終わりはなく、永遠に続くものだと気づく人と気づかない人との間にできる壁を超えないと次には行けないのです。

■”できる人”と”できた人”
バリバリ仕事ができる年収1億円のAさんと、部下たちとともに大きな力を作りだし、ともに年収1億円を得たBさんを比べると、恐らくBさんのほうが、結果として多くの富を得ることでしょう。ナポレオンヒル博士は「富を分かち与えると、よりいっそう多くの富を得る」と言いました。富とは、金・時間・サービス・親切・愛のことです。Aさんは仕事の”できる人”、Bさんは人格の”できた人”と評価されることでしょう。次の壁は、キャリアアップを”自分のためだけ”にするものだと考える人と、”自分も含め一人でも多くの人のため”に目指すべきものだと考える人との間にある壁でもあります。キャリアアップとは、「多くの人とともに大きな力を作ること」を目的とすべきだと分かってきました。

■任せられない”できる人”
”できる人”のキャリアは、自分のためだけあり、自分がやれることを目指していますので、他人に任せることがイヤです。この”できる人”が、大きな組織の課長などである場合は、この辺が壁、限界と上層部が判断するだけなのですが、会社の社長であると、最悪の場合は、会社を潰す社長になってしまうことになります。なぜなら、社員と一緒に現場仕事で汗をかくのはいいとしても、あれこれ細かいことまで口出ししてしまうので、社員は指示に従うだけの人たちなってしまい、自ら考える人材に育つことはないからです。社長でも現場の仕事を続けたいとの気持ちは分かりますが、社長をはじめ人の上に立つ人は、やりたいことではなく、やるべきことをすべきだと気付かなければなりません。

■任せることが”できた人”
”できる人”は 「100点満点」を求めてしまいます。もちろん、自分に対してもそうですし、部下に対してもそうです。また、自分を基準にして部下を評価してしまうので、部下を偉いとはとうてい思えないので、余計に任せられません。一方、”できた人”は、自分が100点だとしても、部下に対しては「70点満点」でどんどん任せることができるのです。「任せた方が良いのは分かっているけど、任せられない」と悩む経営者や管理者は多いのですが、任せる・任せられないの差は、その「部下(の成長)のこと」を思える人か、思えない人かの差だけです。キャリアアップを”自分も含め一人でも多くの人のため”にすべきだと考えられる人と”自分のためだけ”としか考えられない人との差だけなのです。

■及ばざるは過ぎたるよりまされり
信長、秀吉、家康の三英傑、単に個人の力量を比べると、この順番になるかもしれませんが、平和と幸福の実現を仕事とする政治家としては、260年続いた幕府を創業した家康が圧倒的なのは明白です。”家康公遺訓”には、『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人をせむるな。 及ばざるは過ぎたるよりまされり。』とあります。家康公が残した真理を理解し、キャリアアップを実践し続けた人たちだけが、”できた人”になり、多くの人のためになれるということでしょう。