「給与DXのエムザス」 給与とシステム両方を本業に約20年

社長とれんど考察

「全体最適 >部分最適」

2016年5月1日

■静かなブーム”田中角栄”
田中角栄元首相を取り上げた本が売れているようです。長い間、世間では金権政治や権力闘争などで評判は良くなかったのにもかかわらず、没後二十余年を経過した現在、手のひらを返したように人物や実績が絶賛されています。田中金権政治を批判する急先鋒だった石原慎太郎氏までが、『天才』という本を出しベストセラーになっているようです。この現象にあたり、政治家の評価というものは、”その最中”つまり、現役時代だけで評価することは難しいものだなと感じるとともに、トップリーダーの仕事とは「全体最適」の実現そのものだと合点しました。今月は全体最適を部分最適と対比して考察することにしました。

■優れた部分最適も全体最適には勝てない
経営コンサルタントのドラッカーさんは「いかに優れた部分最適も全体最適には勝てない」と全体最適の重要性を説かれました。例えば、各部門がそれぞれベストを尽くせば、会社全体も上手くいくと信じて仕事していますが、なぜか上手くいかないことが多いのは誰でも感じることです。その理由は、先に組織全体での整合性と効率性を考えていないからです。この全体の最適化を考え、実行するのがリーダーの役割になります。そして、これを考えるのは範囲も多岐に渡っており幅広く、またある意味で時空を超える判断が必要となります。まずは政治の世界と経営の世界から偉大な先人の知恵を学びたいと思います。

■”大政治家”徳川家康公
偉大な政治家は他にもいますが、徳川家康公の260年にわたる平和な世の中の礎を築いた功績は群を抜きます。何よりすごいのは、戦をなくして平和を実現するのだという意思の強烈さです。これを原動力として数々の施策を行いました。三成や幸村との戦が有名ですが、本質的には、戦での勝利というよりも、平和に向けた人的な外交交渉の勝利ではないかと感じています。つまり、家康公は、軍人でも官僚でもなく、地理・地形や歴史・宗教などを知り尽くし、また人というものを熟知していた、また、日本全体の平和を考え続けた真の政治家、本当のインテリだったのだと、いまさらながら思います。そして、全体最適とは、遠い将来にも好影響を与えるということなのだと思います。

■”経営の神様”松下幸之助翁
経営者といえども、部分最適しか考えていない人がほとんどです。つまり自分だけ、自分たちだけが良ければいいのだとする狭量な考え方です。それでも環境や扱っているものが良ければ会社は成り立ちますが、それが5年、10年、30年、100年続こうが、二代目であろうが、五代目であろうが、時間の問題で消滅することは歴史が証明しています。そんな凡庸な経営者と相当異質なのが、パナソニック創業者の松下幸之助翁です。残された膨大な書物から感じ取れるのは、その宇宙観です。全体最適の全体が宇宙ほど広いのです。そのDNAは没後30年経っても受け継がれ、盤石な同社の土台となっています。最近苦境のS社との差異がかなりの時間経過後に明白になりました。

■企業を蝕む”名ばかり管理職”
先月末頃、M自動車の不正が発覚しました。この会社には前科がありますので、これは体質というか風土がそうなんです。T芝も何回も不祥事を起こしていますので同様です。それぞれの会社は、バックが強力なので潰れることはありません。ですから、いずれまたやります。残念ながら、体質は変えたくても変わりませんので。ところで、今回の不祥事をやったのは、経営トップではなく、何とか部長という管理職です。こんなリスクを個人で取る必要のない大企業で大胆なことをしたものです。この原因は、それぞれの部門の部分最適はできているというか、部門に放任していただけで、全体最適のマネジメントがなかったことです。昔の軍部の独走と同じ構図です。

■決め手は”視野と視点”
全体最適できるか、部分最適で止まるか、それを分けるものは何でしょうか。一つの仮説として”視野と視点”を考えました。視野は広いか、視点は遠いかが、分かれ目です。視野を広げるには、教養を深めると努力を続けることです。ライフネットの出口さんは「本50%・人25%・旅25%」から教養を得るそうです。参考になります。もうひとつの視点は、現在だけでを考えるのではなく、過去からも学びながら、将来のことを洞察することではないでしょうか。慎太郎さんいわく、「角さんのどこが政治家として天才なのか。彼には予見性があり、さらに正確な文明史観を持っていた。今後やってくる新しい文明に対する、世界の社会の変化に対する予感みたいなものがあったということ。」です。