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「自由 〉 民主」

公開日:2026.10.01
最終更新日:2026.10.01
■選挙で勝てば、何をしても許されるのか
民主主義とは何でしょうか。「選挙で多数の票を得た人が政治を行うこと」と考えれば、確かに分かりやすい。しかし、それだけが民主主義なのでしょうか。ある県では、知事をめぐる告発文書問題について、県が設置した第三者委員会が職員へのパワハラを認定し、告発者を探索した県の対応などを公益通報者保護法に照らして違法と結論づけました。県議会の百条委員会も、公益通報者保護法に違反する可能性が高いと指摘しています 。それでも知事は再選後も「県の対応は適切だった」との立場を維持しています。もちろん、選挙で選ばれたという事実は重い。しかし、選挙で勝つことと、法やルールに従うことは別問題です 。選挙によって得た多数の支持が、法やルールを超越する「免罪符」になるのであれば、それは私たちが考えてきた民主主義とは違うものになってしまいます。

■民主主義だけでは「自由」は守れない
ここで改めて考えたいのが、「民主主義」と「自由主義」の違いです。民主主義は、政治権力を誰が選ぶのかという仕組みに関わります。一方の自由主義は、選ばれた権力者であっても、法によって権力を制限され、個人の自由や基本的人権を侵してはならないという考え方です。中国の憲法にも「すべての権力は人民に属する」と規定され、「民主集中制」という言葉も使われています。つまり、「民主」という言葉を掲げることだけでは、私たちがイメージする自由な社会は保証されません。大切なのは、選挙、法の支配、言論の自由、人権、権力分立といった仕組みが一体として機能していることです。多数決は民主主義の重要な手段ですが、多数が支持したからといって、少数者の権利や法律を踏みにじってよいわけではありません。

■デマが「民意」に変わる怖さ
さらに現代の民主主義を難しくしているのが、SNSです。2024年のある県の知事選では、現職を支援する「2馬力選挙」を展開した者による発信を含め、SNS上に大量の情報が流通しました。その中には、後に虚偽だとして争われた情報や、県議らに対する激しい中傷もありました。選挙結果そのものは当然尊重されなければなりません。しかし、有権者が何を根拠に一票を投じたのかは、民主主義の質を考えるうえで極めて重要です。「既存メディアは信用できない」「この人だけが真実を話している」。そんな分かりやすい物語が事実確認より先に広がれば、デマや感情によって形成された空気が、やがて「民意」という強大な権力に変わることがあります。選挙があるだけでは十分ではない。自由に情報へアクセスし、自分で事実を確かめられる社会があってこそ、選挙は意味を持つのだと思います。

■政治家の質は、社会の判断力を映す
「なぜこんな政治家が選ばれるのか」と嘆くのは簡単です。しかし、前号の「歴史 〉 経験」でも触れたように、政治家は突然どこからか現れるわけではありません。最終的に権力を与えるのは有権者です。怒り、不満、好き嫌い、「既得権益を壊せ」という耳障りのよい言葉だけで判断すれば、それに最も巧みに応える政治家が登場するのも不思議ではありません。ともすればそのスローガンは、単に「相手の利益を奪い、自分たちのものにしろ」という意味にすり替わってしまうことがあるからです。 民主主義には、私たちが望んだ政治家だけでなく、私たちの判断の結果として選ばれた政治家も登場します。だからこそ「選挙で選ばれたのだから正しい」だけで思考を止めてはいけないのでしょう。選挙は権力を与える仕組みであると同時に、その権力を法と制度によって監視し続けるところまで含めて民主政治なのだと思います。

■会社経営にも「多数決では決められないこと」がある
これは政治だけの問題ではありません。会社でも「みんながそう言っている」「売上を上げた人だから」「社長が決めたから」という理由だけで、ルール違反まで正当化されることがあります。しかし、どれほど優秀な経営者でも、コンプライアンスを無視してよいわけではありません。どれほど業績のよい社員でも、ハラスメントが許されるわけではありません。組織には、成果や多数意見より上位に置かなければならない原則があります。内部通報制度もその一つです。耳の痛いことを言う人を排除する組織は、一時的には統率が取れているように見えても、やがて都合のよい情報しかトップに届かなくなります。政治における自由と法の支配が権力の暴走を防ぐように、企業にも権力者自身を縛るルールと、異論を言える自由が必要なのです。

■「自由」があってこその「民主」
私は、民主主義を否定したいわけではありません。むしろ民主主義を守るためにこそ、その前提となる「自由」を考える必要があると思っています。選挙で多数を取れば何でもできるのではなく、選ばれた権力者ほど法に従わなければならない。権力者を批判する自由があり、内部から問題を告発する人が守られ、少数意見であっても発言できる。そうした自由と法の支配があって初めて、選挙による民主主義は健全に機能します。私たち有権者も、「誰が好きか」ではなく、「その人は法やルールを守っているか」「権力を適切に行使しているか」を見続けなければなりません。民主主義は選挙の日だけに存在する制度ではありません。権力を与えた後も監視し、間違っていれば声を上げる自由を守ること。その積み重ねこそが、自由な社会を次の世代へ残すことにつながるのではないかと私は考えています。