社長とれんど考察

「積極財政 > 緊縮財政」

■長期政権、経済は好調
最近ニュースで、安倍首相の通算在任日数が憲政史上最長となったことが話題となっています。日経新聞は、政権の長さと経済はどの程度、関係があるのか、日経平均株価や実質GDPなど5つの経済指標の変化を調べた結果、厳密な分析ではなく、好調な経済が長期政権を生むのか、長期政権が好調な経済をもたらすのかまではわからないとしながらも、政権発足月と退陣月で各指標が何倍になったかを算出し、1を超えれば改善、1を割り込めば悪化とすると、1を超える指標の割合は、中期政権は75%、短期政権は50%に落ちると分析しました。政権の長さと経済は正の相関があるとの仮説ですが、我が国古今の経済政策を検証してみることにしました。

■アベノミクス
まずは、現在進行中である安倍政権の経済政策「アベノミクス」です。同政権は「デフレからの脱却」と「富の拡大」を目指し、これを実現する経済政策として、(1)大規模な金融緩和、(2)機動的な財政支出、(3)成長戦略を「3本の矢」としてスタートしました。中でも最大の特長は「黒田異次元緩和」と言われる大規模な金融緩和です。市中に出回るお金を大幅に増やした結果、円高は是正され、株価も上昇、企業業績も向上し、消費者物価も一時は1%近くまで上昇するなど、デフレ脱却の方向に向かいました。これらの政策は、落ち込んでいた景気を反転させ、戦後最長と言われる景気拡大を記録しています。賛否あるものの、安倍政権の長さの最大の要因として間違いないかと思われます。

■民主党政権
次は、かなり昔のことのように感じてしまいますが、前政権であった民主党政権です。圧倒的人気を背景に成立した政権でしたが、マニフェストには、財源なきバラマキの代表例として子ども手当や、会社で言えば役員会をなくすみたく事務次官会議をムダと位置づけて廃止するとか、多くの国民の期待とは裏腹に、選挙前から「経済政策」たるものがないのではないかと言われていたことを覚えております。そして財源なき支出の財源として国債を乱発、戦後初めて国債が税収を上回りました。その結果、とにかくムダ・無駄の廃止に躍起となり、「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」という名言を生みましたが、経済失政で支持を失ったのです。

■江戸の三大改革
さて、時代を遡ってみるとどうでしょうか。江戸時代には、幕府の無駄遣いも含め、何度も財政危機に陥り、それを克服するための改革が行なわれました。有名な江戸の三大改革とは、8代将軍徳川吉宗が主導した享保の改革、老中首座松平定信が主導した寛政の改革、老中首座水野忠邦が主導した天保の改革のことを言います。改革というと、結果が良くなったとのイメージがありますが、これらの改革はあまり成功したとは言えないものでした。共通するのは、財政緊縮と経済統制であり、無駄を省くことを国民に強いる側面が強過ぎたのではないでしょうか。何事にもバランスよく、ほどほどにが肝心ということでしょうか。あまり厳しくしすぎると失敗するという教訓を残しました。

■田沼時代
江戸の改革と対照的だと言われるのが田沼時代です。田沼意次は、米が中心の経済だと、災害や天候不順などが原因で相場が変動すると、経済や財政が不安定となることを克服しようとしました。財政の再建を緊縮財政による経費削減や農民への重税という策ではなく、商人中心の経済を取ることにより、貨幣経済を普及させ民衆を富ませて財政を立て直そうとしたとされています。残念ながら、天明の大飢饉などで一揆や打ちこわしが続発し、その他にも役人の賄賂などがあったため、田沼意次は失脚しましたが、それまで見られなかった重商主義の積極的政策を取り、安定した収入により幕府備蓄金は最大を記録、景気も上向きました。この功績は近年の研究により再評価されています。

■大阪都構想
現在に戻りますが、低迷する大阪の活性化を目指し、橋下徹氏というより松井一郎氏が、自身の政党の看板政策として掲げるのが大阪都構想です。現状では日本の会社の四分の一が首都圏に本社を置き、生産年齢人口の三割が首都圏に集中(阪神では一割強)しています。この傾向は今後も加速すると予測されるので、大阪を何とかしなくてはとの危機感は理解できるのですが、この政策も経費削減による緊縮財政的な側面が強いのではないかと個人的には感じますし、また「近畿圏の産業構造や保守的な価値観の根強さが理由で、高学歴女性が(首都圏に)流出している」との報道からも、大阪経済活性化には、経費削減だけでは難しいのではないかと思っております。

■政治と経済の関係
経済が停滞すると、何が起こるのでしょうか。明治維新の30年前に大塩平八郎の乱という政権への反乱がありました。大飢饉で餓死者が出ているのに、大量の備蓄米を江戸へ回送したため、米を買占めた豪商らは暴利を博したことが原因だと言われています。結果的には幕府に鎮圧されましたが、このように、国民は、暮らしに我慢を強いられたり、不正や暴利などの役得を目の当たりにすると、黙っていないものです。この乱は後の政権交代につながりました。現代の乱は選挙の結果という形で現われます。現政権のように、積極財政による景気上昇は政治の安定には有効ですが、いつまでも続かないというのが世の常でもあり、政治家による経済的舵取りの力量が問われるところです。