社長とれんど考察

「アナログ > デジタル」

■デジタル化社会の到来
AIやロボット、ネットワークなどIT技術が進展し、大量の情報が国境や障壁を越えて、瞬時に情報が飛び交う時代になりました。小職もスマホ決済やモバイルスイカなど使ってみてその便利さを実感しています。今後さらに、処理能力の向上とともに、大容量化と低価格化が進み、ともすれば大企業やお金持ちしか利用できなかったIT技術は、一般的にものになって行くことでしょう。いわゆる「デジタル(超情報化)社会」の到来です。まるで一部の高い階層のものでしかなかった仏教を一般大衆へと広げた法然や親鸞の活動と同じような動きが起こっているように感じます。このように、小難しかったことやものを簡単化していくことは時代を読み解く大きなヒントとだと言えるでしょう。

■デジタル礼賛時代
今は本格的なデジタル時代への過渡期にあります。わずか数年でスマホが圧倒的に普及したことを思えば、職場や家庭への浸透本番はアッという間なのかもしれません。こういう変化が起こると、世間は極端にぶれるものです。デジタル技術を導入しないと時代に取り残されるとか、仕事や生活に不便が出てくるとか、必要以上に不安や心配を煽る宣伝や広告、人物が脚光を浴びたり、発言力を増したりする現象が起こります。考えないといけないのは、単なるデジタル化礼賛ではなく、その目的や活用法を落ち着いて整理することです。そもそも主役は人であることに変わりはなく、生きていけなくなるのは、本質を忘れてデジタルを礼賛して盲従する人ではないでしょうか。

■デジタルとアナログの違い
デジタル化の本質を知るためのヒントを、日本人初のノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士が既に述べられていたことを最近発見しました。余談ですが、博士は内淡路町の家から、後には苦楽園から京大に通勤されたとのことで、隣の内平野町に勤務し、近所に居たことのある小職は親近感を持ちました。博士は著書の中で「デジタル的傾向の人は細かい構造にひかれる。アナログ的傾向の人は鋭くないように見えるが大づかみに何かつかむ。そういうほうに関心があるし、そういう能力が優れている」とそれらの違いを示し、「アナログ的な能力の相当にある人が一生懸命に努力してデジタルな能力を向上させたというケースが、高能力になる」と重要な示唆を与えてくださいました。

■デジタル的傾向の人
「論理的で冷ややかなイメージのデジタル人間、人当たりはよさそうだけど、作業効率はイマイチ悪そうなアナログ人間」とか「デジタルは新しくて、アナログは古い」とか、一般的に多数派はデジタルを優位とする傾向があるように感じます。デジタル人間の例として、論理的思考や計画的な作業が得意、フローチャート作成や中長期のプラン策定もお手のものというタイプがあります。仕事ができる人のイメージそのものかもしれません。しかし湯川博士はそれぞれの特徴を的確につかみながらも、単純な良し悪しではなく、社会的により高い能力を身につけるには、まずアナログ的傾向の能力を高めてからデジタルな能力を向上させることが重要であると分析しました。

■アナログ的傾向の人
一方、「アナログ的な能力の相当にある人」とはどんな人なのでしょうか。博士の言葉から推測すると「大局観がある」「視野が広い」「アナロジー(類推)力がある」「寛容度が高い」「柔軟性が高い」「ゆとりがある」「包容力がある」等々です。これらは誰でも持っている能力ではありますが、正確には持っているか否かではなく、どれだけ持っているかがポイントです。相当に高いレベルで持っている人はかなり少数になるでしょうか。この原因は明白で、幼い頃から予め用意された唯一絶対の答えを合わせることを勉強と思い込み、限られた時間内により多くの答え合わせができた人のみを頭のいい人と思っている社会には見えにくいことは致し方ないことではあります。

■高齢化対策とは
人生百年時代を迎え、改めて歳を重ねることを考えますと、五十年前に博士が示したことと驚くほど変わりないように思います。博士は著書の中で、中高年から最期まで磨くべきことは、アナログ力であると示唆されたと解釈できます。「現代は一般的にデジタル情報の不当に尊重されている時代だという見方もできます。アナログ情報というような、そんなたよりないものはあかんという。ということは、つまりだんだん年をとっていくとぼけていくもんやという判断にもつながるわけですね。」「老年はへたをすると頭が硬直していく、石頭になっていくと危険がひじょうにあるわけです。それから視野がせまくなってくる。そうならんようにせんならんわけです。」

■アナログ化社会の到来
博士の座右の銘は「一日を生きることは、一歩進むことでありたい」です。これからを生きる私たちが、日々自己を更新するには、人にしかできないアナログ力を武器にして、デジタル化が進展する職場や社会で活躍する人になることが必要です。そのためには、デジタル化できることは徹底的にデジタル化すべきでしょう。デジタル化できることを人力でやってしまうことは「アナログ的な能力の相当にある人」になる可能性を低くすることになるからです。なぜなら、真のアナログ力とは学校で教えられることではないので、身につけるにはかなりの時間と経験がいるためです。このように考えると、来るべきデジタル化社会の本質とは、本格的なアナログ化社会の到来だといえるでしょう。