社長とれんど考察

「冷暖自知 > 畳水練」

■人生100年時代構想会議
食糧や医療、衛生や住環境などの充実により、平均寿命が延び続けています。政府でも人生100年時代構想会議を開いて真剣に議論がなされるようになりました。その中で重要なテーマとして「リカレント教育」があげられています。これは、学び直しとも訳されますが、スウェーデンの学者によって提唱された生涯教育思想とのことです。人生100年時代へのシフトを背景に、働く年数が伸びるため、これまでの学校を出るまで勉強し、定年までは仕事だけをするというスタイルからの脱却を目指すものです。そもそも、これまでも社会人になってからも勉強している人はいましたが、これからは一部の人たちだけではなく、多くの人たちが学び直しする必要が出て参りました。

■態度
社会人の勉強というと、すぐに資格や学位を取ることを思い浮かべますが、これだけでは暗記の域で止まる学校時代と同じです。用意された正解を、限られた時間で、数多く解く”答え合わせ”だからです。実際の社会生活では、様々な課題にあらかじめ答えが決められていないですから、”答え合わせ”のスキルが高くても、年齢やポジションが上がるにつれ、課題を解決することが難しくなることは間違いありません。社会人が勉強する目的は課題解決でなければなりません。課題解決の手法の一つであるクリティカルシンキングという考え方では、必要な要素は、態度・知識・技術であるとされ、特に重要なのが、注意深く観察しじっくり考えようとする「態度」だとされています。

■知識
人間の知識や思考、推論というものは、驚くほど自分の立場や感情に振り回されるものだと言われます。「態度」というと抽象的ですが、自分の人生や仕事に関して課題に直面した時には、まず課題があることを認めることこそ重要なスキルなのです。そのうえで、論理的な探求方法や推論を導く方法に関する知識を習得する必要があります。そのための前提は、情報の収集です。たとえば、新聞や本、テレビやネットなどから日々情報を得ていますが、その殆どはスルーするだけで忘れてしまいます。情報を知識に転換するには、仮説を立てて情報を集めなければスルーを繰り返すことになるでしょう。単なる物知りで終わるか、課題を解決できるかの分岐点だといえます。

■技術
ここでいう技術とは、課題を解決する方法を身につけることを意味します。人それぞれの立場において、課題の解決に有用な知識を得たうえで、色々なケースを想定して、いくつものパターンの推論を立て、その中から一番適切な推論を選ぶことができることです。いくら物知りであったとしても、現実に直面する課題を解決するための方法を知らなければなりません。そして、技術を発揮するには方法論だけでもいけません。多少の知識があったとしても、経験を積んでいたとしても、その時の状況や感情に左右され、誤った判断を下してしまうことも多々有り得ます。感情に流されていないかなどと適切に自分をモニターするスキル「メタ認知能力」を持てるとより技術が向上します。

■畳水練
吉田松陰も学んだ明倫館の跡地に立つ明倫小学校では、子どもたちが毎朝、「松陰先生のことば」を唱和しているそうです。六年生二学期には「冊子も披繙(ひはん)すれば 嘉言林(かげんはやし)の如く 躍々(やくやく)として人に迫る 顧(おも)うに人読まず 即(も)し読むとも行わず 苟(まこと)に読みて之を行わば即ち 千万世(せんばんせい)と雖(いえど)も得て尽くすべからず」。現代誤訳すると、「本には良いことが沢山書いてある。良いことを知るだけではだめで、知ったことは実行することが大事です。」となります。いくら頭の中で、泳ぎ方を知っていたとしても、実際に水の中で泳げなければ何にもならないことを「畳水練」と揶揄されるのと同じです。

■冷暖自知(れいだんじち)
枡野住職の著書に「冷暖自知」という禅語が紹介されています。「人の水を飲みて冷暖自知するがごとし」(人は自分で水を飲んで、初めて冷たい熱いを知る)。何事も、頭で考えているだけでは真実はわからない、自らの身体と心で経験することこそが大事だ、ということです。同じ意味で有名な言葉に「知行合一」があります。吉田松陰が好んだ言葉でもありますが、陽明学者の王陽明が、読書や机上の学問のみで理(ことわり)に達することはできない、仕事や日常生活の中で実践することで理を求めるべきだとして提唱しました。社会人の勉強では、実際に課題解決ができなければ意味がないので、畳水練ではなく、冷暖自知や知行合一が求められることになるでしょう。

■対人関係スキル
人生100年時代には、AIなど情報デジタル技術の進展と同時並行で進むと言われます。人の仕事が取られるとか言われていますが、今まで以上に情報や知識をインターネットでいくらでも得られるようになったとしても、得られ過ぎてあふれ出す情報の取捨選択を適切に行ったり、課題解決方法である技術を提供してくれることはできません。これらは分かっている人に頼ることに勝る方策はないことに変わりはありません。つまり、一人の力でやるよりも、知識や技術を持つ知り合いを増やす方が、現実の課題解決能力を高める人になれると考えられます。そう考えると、実は意外にも、これからの時代に最も勉強しなければならないことは、「対人関係スキル」を磨くことなのではないかと思います。