社長とれんど考察

「涼 > 暑」

■暑中涼あり
本年一月、半世紀ほど住んだ摂津国から相模国の鎌倉に引っ越しました。これまでは家の近くに六甲山系があり、毎週のように山歩きをしていましたが、こちらに同じような山はありません。そこで家から歩いて行けるところを町歩きすることにしました。夏を迎え、定番となったのが二つの切通しを抜けて帰宅する、「鶴(八幡宮)・亀(ヶ谷坂)」と自分で名づけた約80分のコースです。暑くて汗をかきながらも、切通しに差し掛かると不思議にも涼しさを感じてしまいます。そこで、ふと思い出したのが、安岡正篤さんの六中観です。ともすれば、日常何かとネガティブなことを考えがちですが、それを引き戻してくれる知恵が詰まっている六中観を今回は考察したいと思います。

■忙中有閑
一つ目は「忙中閑あり」です。常日頃、無意識にも「忙しい、忙しい」と言ってしまいます。「忙」という字は「心」を「亡」くすと言われますので、好ましいことではないのです。しかし現実には、なかなか暇にはなりません。そこで大切なのは、どんなに忙しくとも、自ら「閑」を見つけ出すということです。「閑」という字は、「門」構えに「木」と書きますが、喧騒のなかから門をくぐると、そこには別世界のような静かな場所というような意味もあるようです。確かに、「閑」が続くようでは退屈でしかなく、忙しい時間と忙しい時間の間にポッカリと空く時間があるように、本当の「閑」は「忙」の中にしかないというのは真理なように感じます。

■苦中有楽
二つ目は「苦中楽あり」です。「苦」とは嫌なことばかりと思い込み、避けたくなるものですが、本当は、苦しいことがあるからこそ、楽しいことがより楽しく感じられ、楽しいことだけが続くと、あまり楽しくなくなってしまうということかもしれません。つまり、「苦」だけが続くことはなく、「楽」だけが続くこともないのだと思います。人生は「苦」であるとお釈迦さんは言いましたが、「苦」の中にこそ「楽」が見出せるという意味で言ったのでしょう。これを信じることができれば、心が折れそうになった時にも、何とか踏ん張れるのではないかと思います。西宮に苦楽園という地名がありますが、人生を表しているような、本当に良い名前だと思います。

■死中有活
三つ目は「死中活あり」です。『易経』に「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」という言葉があります。物事は究極まで行き着き、どうにもならなくなると、変化が生じて新しい道が開けるという意味ですが、同様に「死」地に入ってこそ、意外に活路が開けるものであるというものです。夢や目標を実現するためには、まず自らが「変ずる」ことが必要で、「変ずる」ためには、その前に「窮」しなければなりません。「窮」するのは非常に困る状態もありますが、覚悟を示すことも大切です。つまり、この目標を必ず実現するのだと強く願うことで「窮」することができ、その強い思いが活路を生み出すこととなるという、勇気がでる言葉なのです。

■壷中有天
四つ目は「壷中天あり」です。後漢書の故事より、日常の生活の中に一つの別天地を持つことです。人生やビジネスの場面で、「壷」にはまるということはありがちですが、その窮地から抜け出すには、「天」を見出せなくてはなりません。そのためには、普段からの準備が必要です。深く掘るためには、広く掘らなければならないということも言われるように、「壷」から抜け出すためのヒントをより多く持っている人は、いかなる逆境にあろうとも、救われるともいえるでしょう。自分なりの別天地とは、スポ-ツ、音楽、文学、芸術、哲学、信念、信仰など、自分に合っていて、続けられるものであれば、何でもいいように思います。

■意中有人
五つ目は「意中人あり」です。常に心の中に人物を持つということです。具体的には、会社の経営者であれば、後継者には誰、営業部長には誰と、そうした意中の人を持たねば事業の継続は立ち行きません。また、歴史上の偉人のように、自分の目指すべき人物像として敬うということも含まれるでしょう。事業などをやる時はなおさらのこと、私生活でも、病気をした場合などの医者にかかるとか、困った時はどの友だちに相談するとか、あの偉人が困難を乗り切った経験を学ぶとかいうように、いつでも意中に人の準備があれば、これほど心強いことはありません。このように、様々な人々に恵まれていることは、大変な幸せなことであります。

■腹中有書
六つ目は「腹中書あり」です。腹の中に書、すなわち信念・哲学があり、座右の銘、愛読書を持っていることです。頭の中に書があるのはだめで、それは単なる知識に過ぎず、腹の中に書があってこそ知識が腹に納まって、血となり、肉となって生きた人格を造り、賢明なる行動をとれます。単なる「知識」だけでは役に立たない。それをしっかり肚におさめて、自らの行動の指針、規範となるような書を持ちなさいということです。と言われてもなかなか難しいですが、長年の歴史の中で、ふるいにかかっても生き残ってきた古典はその価値が高いと教えていただいたことがあります。自分の行動指針とできるような本や言葉を持てれば、心強くなれるように思います。