社長とれんど考察

「存続 > 存在」

■2018年は戊戌(つちのえ・いぬ)
皆様、あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりありがとうございました。今年もよろしくお願い申し上げます。さて、2018年の干支は戊戌(つちのえ・いぬ)です。干支は十干と十二支を組み合わせた60個で一回りする(還暦)ので、いぬ年は12年に一回ですが、つちのえ・いぬ年は60年に一回で、35番目になります。「戊戌」は、2つ似たような漢字が並んでいますが、これは正反対の意味になるらしく、大いなる繁栄の年になるか滅亡の年になるか、今年はどちらか極端な年になるようです。そこで、年の最初にあたり、繁栄か滅亡かの境目は何か、存続か存在という視点で考察してみました。

■生産性革命と人づくり革命
経営コンサルタントの小宮一慶さんは企業の経営者に対し、一定期間だけ”存在”する会社ではなく、長期間にわたり”存続”が許される会社を目指すことを勧めています。大ヒット商品を出したとしても、一過性のものだとすれば、過去の栄光にしかなりません。つまり、存在が許される状態を続けていくことが肝要で、そのためには様々な変化が必要です。昨年10月の総選挙後に安倍首相は、今後の経済運営について「生産性革命と人づくり革命を車の両輪とする」と語りましたが、これらを実現するには、「働き方改革」が前提になると思います。難しいテーマですが、この大変化の取り組みでの巧拙が、存続か存在の分かれ目になるような気がします。

■脱皮できない蛇は滅びる
と言いましても、人は変化を嫌います、恐れます。これに対し、ニーチェは、「蛇は体が大きくなると脱皮をして古い皮を捨て、新しい皮を身につけ更に大きくなるけど、脱皮できないと死んでしまう。このように、人も様々な古い物を脱ぎ捨てていかないと次の成長はありませんよ」と言っているのです。その古い物とは人間関係だったり、今まで持っていた考え方や価値観であったり、大切にしてきた物かもしれません。でも成長するには、ある程度積み上げてきた物を捨て去り、変化しなければならない時も多々あります。そういう場面で、捨て去る事ができるかどうかで、人としての成長が得られるかどうか、存続か存在の分かれ目になるのです。

■現状維持は後退の始まり
実際、ほとんどの人たちは、脱皮することを選択しません。何も変えようとせず、現状維持を求めたとしても、周囲は変化していくので、その価値はどこまでも下落する運命にあります。現状維持は後退の始まりなのです。つまり、脱皮しない・できないことは、変化することの恐怖以上の恐怖になるのです。守屋洋さんは、「理想の人間である”至人”の心は鏡のようなものである。去る者は追わず、来る者は拒まず、相手をあるがままに受け入れる。いつの時代でも、外界の情勢は変化してやまない。その変化にうまく対応していくには、”至人”のような無心、そして無欲、自然さが求められるのである」と古代の知恵を解説しています。

■地道なイノベーションの旅
このように、存続するためには常なる変化が必要ですが、それはとても地道な活動になります。イノベーションというと、「革新」とか「一新」という意味があり、とても華々しいイメージですが、そういうことは一朝一夕にできるものではありません。ビジネスや人生を旅に例えると、地道なイノベーションの旅を続けていくことが、これまでにない発想ややり方などのアイデアを生むための準備といえるのではないでしょうか。しかし成果がでるまでには、様々な困難なことが起こり、時間もかかりますので、ともすれば安易な方向を選択してしまう恐れがあります。ここのとらえ方の選択が、また存続か存在の分かれ目になってしまうのです。

■幸運はチャンスと準備の交差点
楽天三木谷社長の言葉です。同じ意味の言葉は、岩崎弥太郎『機会は魚群と同じ。はまってから網をつくるのでは間に合わぬ』サム・ウォルトン(ウォルマート創業者)『大きなチャンスが姿を現すときはきっと来る。そのときそれを利用できる準備ができていなければならない』リンカーン『準備しておこう。チャンスはいつか訪れるものだ』ドラッカー『成長には準備が必要である。いつ機会が訪れるかは予測できない。準備しておかなければならない。準備ができていなければ、機会は去り、他所へ行く』。 三菱商事三村元社長 『基礎を固めた人には必ずチャンスが来る』等々。古今東西、変化と準備は、存続のための必須アイテムなのです。