社長とれんど考察

「回向 > 独占」

■ポピュリズム
昨年、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ大統領当選など、世界を揺るがすようなことがあり、選挙のたびに耳にしたのは「ポピュリズム」という言葉です。政策の是非よりも、多数の民衆の感情に訴求して集票を目指す政治手法のことです。最大の特徴は、大衆が嫌う「敵」を作り出し、社会を分断化させることです。「敵」は、政治家、富裕層、指導者層や移民、貿易自由化など多種多様です。我が国でも、民主党政権や巨大都市で既に経験済みですが、効果は一過性に終わることが多く、結果として大衆の期待を裏切ることに問題の本質があります。今回は、ポピュリズムとその原因である格差社会、そして社会の分断化が起こる原因や経緯を探り、さらに予防策・解決策を考察してみました。

■1%対99%の格差
アメリカでは、「1%の富裕層が全体所得の20%を握り、上位10%の世帯の所得が総所得の50%を占め、富裕層と貧困層の格差が史上最大に広がっている」との報告書が4年も前に出されていました。塩野七生さんの本には、「”格差”とは、あるほうが人間性にとっては自然なのである。それも固定化されずに流動性が保証されて始めて、自然な状態になるのだ。」とあります。つまり、「かつての世界大恐慌時代には抜本的な政策転換がなされ所得不平等が緩和されたが、最近の不況下ではそうした特効薬は出てきそうにない」という現代アメリカでは、格差は固定化し、アメリカンドリームをも打ち砕き、絶望が蔓延するほどの格差社会が、ポピュリズムの原因になっているのです。

■淀屋橋の淀屋
日常でもよくあることですが、上手くやっている人に対し、羨望が生まれます。自分が上手くやれなくなると、次第にこれが妬みや嫉みに変わり、不満が爆発します。この爆発方法は、昔は実力行使でした。江戸時代の豪商、淀屋常安は、現在価値で100兆円も資産を持ち、その後も栄華を極めますが、五代目のときに幕府に取り潰されました。商人の分を超えた贅沢な暮らしが問題になったためとのことです。現代版の爆発方法は、選挙に変わりました。大衆の怒りは多数派を形成し、ポピュリズム政治家を当選させてしまうのです。ほどほどに儲けるのは良いとしても、儲け過ぎると妬まれ、嫉まれ、そして「敵」にされ、大衆に嫌われてしまうのは、古今東西共通することのようです。

■日本型社会主義
高度成長時、我が国は「日本型社会主義」と言われました。これは、自由と民主主義を保ちながらも、「一億総中流」といわれる平等社会を築いたことでもあり、官僚政治や談合政治を揶揄した言葉でもあります。その後、数十年の景気低迷期は、「日本型社会主義」の弊害が喧伝され、規制緩和が声高に叫ばれ、新自由主義という、強い者がより強くなることによる経済復興を目指しましたが、思うように経済は良くなりませんでした。欧米など我が国以上に新自由主義が進んだ国々では、大衆の不満が爆発し、ポピュリズムによって社会の分断が現実化しています。翻って我が国ですが、何とか分断化を防いでいるのは、この「日本型社会主義」に秘密があるのではないかと思うようになりました。

■回向文(えこうもん)
我が国には、村社会などの共同体志向や平等志向の伝統があると言われています。バブル崩壊後の不況期は、農耕型の日本はダメで、狩猟型の欧米が良いように言われましたが、ここにきて逆に向かっています。その伝統を示すものの一つとして、お経を唱えた後に読む回向文があります。宗派によりますが、「願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成佛道」(がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう)というものです。回向とは、自分の行なった良い行ないや経典の功徳を、自分だけではなく、周りの人々にめぐらし、分かち与えることです。要は独り占めしない、現代で言えばシェア、そして寛容です。我が国が伝統としてきたものなのです。

■金は天下の回りもの
寛容さは、近江商人の「三方よしの精神」(売り手よし・買い手よし・世間よし)や「金は天下の回りもの」という言葉にも表れます。得たものを独占せず、周りの人々とともに分かち合うことが大切だという教訓、伝統です。英語では、「ウィン・ウィン」、反対語は「ゼロ・サム」です。行き過ぎた格差社会もポピュリズムも、ゼロ・サムです。サーバント・リーダーシップの提唱者であるグリーンリーフさんは、「社会の質は、そこに生きる最も恵まれない人々が何を得るかによって判断される。」と言われています。社会の分断化を予防・解決するには、一人でも多くの人たちが、「回向」、「三方よし」、「金は天下の回りもの」の精神を持ち、身近な場面で”回せ・回せ”をやってみることから始まるのだと思います。