社長とれんど考察

「寛容 > 排除」

■長期安定政権
安倍政権は、昨年末の選挙に勝ち、党内基盤を固め、安保法制を成立させ、小泉政権以来の長期政権の様相を呈しています。政治の安定は、会社で言えば経営陣が力強く会社をリードしていることと同じですから、国民にとっては良いことだと思いますが、何でも強引に進めていいわけはありませんので、先月の安保法制のように、丁寧に進めて欲しいと思います。この法案をめぐっては賛否両論で色んなことがありましたが、多様な意見があるテーマですから、そもそも全会一致などあり得ず、51対49のような決まり方をすることはやむを得ないと思います。

■安保めぐる醜態
安保法制においては、決着までのプロセスで目を覆うような醜い場面がありました。最大野党は対案すら出すことができず、感情論のみで反対するのは良いとしても、議長の入場を体で阻止するような暴挙に出るのはいかがかと思いました。さらに執行部は見て見ぬふりです。後日テレビ出演した幹部は、あたかも国民全員が反対しているかのような発言を繰り返すだけでした。このような人物たちに国の経営を任せるのは難しいでしょう。民主主義は多数決で事を決するのですから、51対49で決まったなら、49の側の人たちも決まったことに従うべきだと思います。

■新党ごっこ
それと、もうひとつの勢力も似たようなものです。大勢に影響はないものの、思い通りにならないことにイライラして、ツイッターで相手を非難するのはいつものことです。自分の私的なサークル活動なら分裂するのもいいでしょうが、税金を得る立場の政党なり政治家がこんなレベルでいいのでしょうか。しかしここで、腹を立てるだけでは同じ穴のムジナで。”誤差”はどこでもあるものです。わが国民には、このような”誤差”を許せるだけの「寛容さ」があると理解すればいいのですから、これはこれでいいのではないかと思います。

■地方創生
ローカルな話しを一つ。都構想とやらで”大阪を東京に伍する”ことは無理です。ちゃぶ台をひっくり返される市民が気の毒です。これは感情論でやるべきことではありません。地理・地形と歴史・文化を少し学べば無理なことは明白です。首都だから東京に一極集中するのではなく、平野が大阪の十倍もある関東には人が集まるからです。津波、川の氾濫があっても、また平野部に建物を建てています。人は利便性を取るのです。東京は世界の都市間競争に勝てるように強くし、他の都市は味のある独自性の発揮をめざすのが本当の地方創生だと思います。

■パクス・ローマーナ
ちょっと横道にそれましたが、今回お伝えしたいのは、組織は寛容性がないと成長も安定もしないということです。さきほどの野党たちはいつも「排除の論理」で感情的に動きます。それが一般受けすることもあるのは分かりますが、一過性のもので長続きしません。一人たりとも国民を排除してはならない政治家に寛容性がないのは資質として問題があると思います。かのローマ帝国の滅亡の始まりは、キリスト教を排除することで、寛容性を失ったことだと言われますが、ここ数十年、破壊と排除を繰り返してきた大物政治家は、タレントに救済されるという末路となりました。

■パクス・トクガワーナ
権力者の刷り込みにより前近代的と思われている江戸時代ですが、実は260年も戦争のない太平の世でした。創始者の徳川家康の信条である「平和の構築」を実現した稀有な時代であり、西欧でこれだけ長い間戦争のない時代はなく、かつてのパクス・ローマーナになぞらえて、パクス・トクガワーナと言われます。しかし、平和に慣れすぎたため、黒船などの危機が訪れると、準備不足で余裕がなくなり、安政の大獄などにも現れたように寛容性もなくし、弱体化したところを力をつけてきた薩長にやられてしまいました。最後までローマと同じ道を歩んだ結果となりました。

■温故知新
幸之助翁曰く、「私たちはとかく、ものの一面にとらわれて自己の考えのみを主張していると、その背後に流れる大きな力を見忘れてしまうものです。そこから大きな失敗が表われてきます。常に自己の背後にある流れ、つながりを見通す目、心を培い、その中で自己を生かすよう訓練していかなければなりません。」まさに、「温故知新」です。その意味の一つに、「過去の事柄を研究して、現在の事態に対処すること。」とあります。背後に流れる大きな力とは、「歴史と文化」それを形成した「地理と地形」です。そこから学ぶべきは寛容こそが人々の幸せにつながるということです。